フルスケール液体ロケットエンジン燃焼器のLES
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2021年2月~2022年1月)
報告書番号: R21JFHC0303
利用分野: 事業共通
- 責任者: 藤田直行, セキュリティ・情報化推進部スーパーコンピュータ活用課
- 問い合せ先: 芳賀 臣紀, 研究開発部門 第三研究ユニット(haga.takanori@jaxa.jp)
- メンバ: 芳賀 臣紀, 伊藤 浩之, 熊畑 清, 堤 誠司
事業概要
本研究では, 実機で想定される燃焼圧や壁面熱流束の空間分布および時間変動に着目し, 実形状の完全3次元解析を行うことで, 従来の簡略化解析(噴射器1~数本, 周方向の対称性を仮定したケーキカット形状)では得られない知見の獲得を目的とする. 解析対象はLE-Xエンジンのフルスケール燃焼器(噴射器500本以上)とし, 効率的なテーブル参照型の燃焼モデルによる大規模燃焼LES解析を実施する. 噴射器100本以上のこのような解析例はこれまでになく, JSS3の演算性能とこれまでに開発した次世代の大規模高速ソルバLS-FLOW-HOを組み合わせることで初めて可能となる.
参照URL
なし
JAXAスーパーコンピュータを使用する理由と利点
フルスケール燃焼器(噴射器500本以上)のLESを実施するには, 少なくとも数十億から百億規模の計算点を使用し, 百万ステップオーダーの計算をする必要があり, JSS3の過半の計算資源の使用が不可欠である.
今年度の成果
1. 目的
液体ロケットエンジン燃焼器の開発において, 燃焼器内部の圧力変動と燃焼器内壁の局所的な熱負荷による溶損が注意すべきリスクである. これらの事象は実スケール試験で初めて発現することが多く, 非定常かつ局所の現象であるため数値流体シミュレーション(CFD:Computational Fluid Dynamics)で事前に予測することは困難であった. JAXAではこれらの事象の予測を実現すべく, 圧縮性・燃焼LES(Large Eddy Simulation)ソルバー「LS-FLOW-HO」という解析ソフトウェアの開発を進めている.
昨年度に実施したLE-Xエンジンのフルスケール燃焼器LES解析では, 数値不安定により当初予定していた結果を得るこができず実行を中断した. 今年度は, 残りの計算資源(約35万ノード時間)を利用し, 再度チャレンジする機会を得た. 数値安定性を向上させるため, 新しい手法(IRPリミッター)を開発した. 本課題の目的は, 燃焼器の圧力変動および壁面熱流束の評価に必要な物理時間の計算安定性を確認することである. さらに, 試験や従来の定常解析では得ることのできない燃焼器内の詳細な流れ場を再現し, 大規模な時空間データを解析して新たな知見を得ることを目指す.
2. 計算手法
支配方程式の離散化には高次精度の非構造格子法である, 流束再構築(FR)法を用いる. 燃焼モデルにはテーブル参照型のFlamelet Progress Variable(FPV)モデルを用いる. 極低温の液体酸素(LOX)の物性を考慮するため, 実在気体の状態方程式としてSRK方程式, 輸送係数の評価にはChungモデルを採用した.
数値計算上の最大の課題は, 密度比が数百倍となるLOX-燃焼ガス界面での数値不安定である. 非物理的な数値振動を抑えるため, 昨年度は圧力および密度の正値性を維持するリミッターを使用したが, 十分な安定性を得ることはできなかった. 本年度は, 最小エントロピーの原理に基づき, 流れ場の局所エントロピーについても制限を課すIRP (Invariant Region Preserving) リミッターを超臨界圧燃焼に拡張した. ベンチマーク問題である, 単一噴射器のLOX/GH2同軸噴流火炎に適用し, LOX-燃焼ガス界面での数値不安定を抑止できること, さらにこれまで安定化のために付加していたローパスフィルタが不要になることで界面の解像度が大幅に向上する効果を確認した.
3. ソルバー高速化
昨年に続きTOKI-SORA(FX 1000)上でのLS-FLOW-HOの高速化チューニングを行うとともに, 高コストルーチンであるSRK状態方程式および輸送係数の計算コスト削減に取り組んだ. 具体的には, SRK方程式の温度と化学種質量分率に依存する項をFlameletテーブルに組み込み, 少数のパラメータでテーブル参照するようにした. 同様に輸送係数についてもテーブル参照とすることで高コストな化学種混合則の演算を削減した.
噴射器500本以上のフルスケール燃焼器解析では, 噴射器1本毎に格子を作成し, 燃焼器背景格子と重ねるオーバーセット格子法を採用した. オーバーセット境界における内挿補間が大規模並列計算のロードバランスを悪化させることが判明したため, 3次元の各座標方向に行っていた内挿補間を1回の行列積にまとめることで高速化し, ロードバランスを改善した. これらの高速化により, 昨年度に比べて約2.6倍の高速化を達成した.
4. フルスケール解析結果
解析条件は, LE-Xエンジンの燃焼圧力8.2 [MPa], 混合比6.4の試験ケースとした. 総計算点数は約26億である. JSS3 TOKI-SORAの960ノードを使用し, 各ノードに12プロセスを立て(4スレッド/プロセス), 全11520プロセスの計算を行った. 1ステップあたりの計算時間は約2.06秒であり, 計算資源量(約35万ノード時間)で実行できるのは約64万ステップとなる. 時間積分には陽解法を用いているため時間刻みは6.0 e-9 [s/step]であり, 解析可能な物理時間は約3.8 [msec]となる.
噴射器単体の計算結果を初期解としてマッピングし, 約0.34[msec]後の瞬時場を図1に示す. まだ流れ場は十分に発達していないが, 複雑な火炎の構造が確認できる. 同心円の各列では同じリスタート解をマッピングしているため軸対称な構造が見られる. 噴射面上の圧力分布もこの時点ではほぼ軸対称である. 約2.1-3.0[msec]の火炎と壁面圧力分布を図2(動画)に示す. 噴射面上の圧力変動を見ると, 反時計周りに回転するものと径方向に反射する圧力波が見える. 回転する圧力波が通過すると噴射器のポスト上流にも圧力波が伝播する様子も見られる. このような音響モード(燃焼器T,Rモードや, 燃焼器モードとポストモードとのカップリング)が維持されると高周波の燃焼振動が発生する可能性がある.
しかしながら, 本シミュレーションで観測された圧力変動の振幅は非常に大きく, 実際には起こり得ないレベルであった. このような圧力変動が噴射器上流に達すると大きな流量変動を生じ, 結果として噴射面下流の火炎の変動も大きくなってしまい, 安定な燃焼状態を再現することはできなかった. 動画の後半で火炎の解像度が低下しているのは, 数値安定化のためのリミッターが強くなっている影響である. 実際の燃焼器には燃焼器内の圧力変動を抑えるレゾネータが付いているが, 本シミュレーションではモデル化しておらず, 初期条件からの過渡計算で発生する大きな圧力変動を減衰させる人工的な工夫が必要になると考えられる.
このような実機形状固有の燃焼器モードやポストモードを考慮した熱音響連成は, フルスケール解析でしか再現できない現象であり, 今後実験値との定量的な比較が不可欠であるが, 燃焼振動を予測する手段として期待される. さらに, 並行して開発を進めている反応流れを考慮した壁面LESモデルを導入することで, 局所的の熱流束増加や減少など, 壁面溶損や吸熱性能低下などのリスク評価にも活用していきたい.
図2(ビデオ): 燃焼器内に発達した圧力変動と火炎の変形(約2.1-3.0[msec]の動画).
成果の公表
-口頭発表
芳賀臣紀, 熊畑清, 伊藤浩之, 堤誠司, フルスケール液体ロケットエンジン燃焼器のLESに向けて, 第53 回流体力学講演会/第39 回航空宇宙数値シミュレーション技術シンポジウム, 2C04, 2021年.
JSS利用状況
計算情報
- プロセス並列手法: MPI
- スレッド並列手法: OpenMP
- プロセス並列数: 11520
- 1ケースあたりの経過時間: 336 時間
JSS3利用量
総資源に占める利用割合※1(%): 2.05
内訳
JSS3のシステム構成や主要な仕様は、JSS3のシステム構成をご覧下さい。
計算システム名 | CPU利用量(コア・時) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
TOKI-SORA | 48407974.29 | 2.35 |
TOKI-ST | 83531.63 | 0.10 |
TOKI-GP | 0.00 | 0.00 |
TOKI-XM | 0.00 | 0.00 |
TOKI-LM | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TST | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TGP | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TLM | 0.00 | 0.00 |
ファイルシステム名 | ストレージ割当量(GiB) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
/home | 121.40 | 0.12 |
/data及び/data2 | 131289.11 | 1.40 |
/ssd | 412.30 | 0.11 |
アーカイバシステム名 | 利用量(TiB) | 資源の利用割合※2(%) | J-SPACE | 75.49 | 0.51 |
---|
※1 総資源に占める利用割合:3つの資源(計算, ファイルシステム, アーカイバ)の利用割合の加重平均.
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
ISV利用量
利用量(時) | 資源の利用割合※2(%) | |
---|---|---|
ISVソフトウェア(合計) | 76.82 | 0.05 |
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2021年2月~2022年1月)