極超音速風洞における境界層乱流遷移の Direct Numerical Simulation
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2024年2月~2025年1月)
報告書番号: R24JFHC0309
利用分野: 事業共通
- 責任者: 藤田直行, セキュリティ・情報化推進部スーパーコンピュータ活用課
- 問い合せ先: 松山 新吾(matsuyama.shingo@jaxa.jp)
- メンバ: 松山 新吾
事業概要
極超音速風洞による境界層乱流遷移の試験において, 風洞内に設置された模型の壁面上で乱流遷移を引き起こすきっかけとなる最初の擾乱源は風洞ノズル壁上で発達する乱流境界層が放射するノイズ(圧力擾乱など)であることが知られている. 本研究では極超音速風洞においてノズル壁面上および模型壁面上で生じる境界層の乱流遷移をDirect Numerical Simulation(DNS)により再現することを目的とする. 現実の極超音速風洞試験では試験気流中に含まれるノイズの影響を把握しないまま乱流遷移の計測が行われているが, 本研究で実施するDNSによりノズル壁面で生じる乱流境界層によるノイズが模型上の乱流境界層遷移にどのような影響を及ぼすかを初めて理解することができ, 極超音速風洞による境界層遷移の計測を高度化するために不可欠な情報となる. また, 今後, 民間企業での開発が予想される極超音速旅客機では抵抗・加熱増加などの観点から乱流遷移の予測が重要な課題となるが, 本研究で得られる乱流遷移データは大気中の擾乱による機体壁面上の境界層遷移を理解するための重要な知見となる.
参照URL
なし
JAXAスーパーコンピュータを使用する理由と利点
極超音速風洞ノズルで生じる境界層の乱流遷移過程をDNSにより解析するためには, コルモゴロフスケール付近までの乱流を解像する必要がある. そのため, 乱流遷移が生じるようなレベルの高レイノルズ数流れでは格子点が10億点をはるかに超えるような規模になる. このような大規模三次元の非定常解析は計算コストが非常に高く, スーパーコンピュータを使用した解析でなければ実現が不可能である.
今年度の成果
1. 成果の概要
本研究では, 極超音速風洞で生じる境界層の乱流遷移過程を対象としてDNSを実施し, 現実を正確に模擬した初期擾乱を実現することを目指した. 本年度の成果として, まず, 極超音速風洞試験気流に含まれる乱れをDNSによって再現した結果を報告する. これは, 極超音速風洞ノズルを模擬したDNSによりノズル壁面上で乱流境界層を発生させ, その乱流境界層が放射するノイズによって生じる試験気流中の擾乱を再現したものである. さらに, もう一つの成果として, 風洞ノズルと計測模型の配置を模擬して向かい合わせに配置した二枚の平板を対象としたDNS解析を実施した. この解析は, 向かい合わせに配置した二枚の平板の一方(ノズル壁に相当)で人工的な擾乱を付加して乱流境界層を発生させ, その乱流境界層が放射するノイズによってもう一方の平板上(計測模型に相当)で境界層遷移を発生させたものである.
2. 解析手法
本研究ではJAXA航空技術部門において開発・整備を行っている熱化学非平衡流解析コードJONATHANを使用してDNSを実施した. 流れ場の支配方程式として三次元圧縮性Navier-Stokes方程式を使用し, 化学反応の生じない凍結流を仮定して密度・運動量・エネルギーの保存式を解いた. 支配方程式は有限体積的手法により離散化し, 対流流束をSLAU2スキームにより計算した. 空間精度の高次精度化にあたっては密度・圧力のスカラー量は二次精度のMUSCL法, 速度成分についてはリミッターの無い五次多項式により補間した. 時間積分には二段階二次のRunge-Kutta法を使用した.
3. 成果
3.1. DNSによる極超音速風洞の試験気流乱れの再現
JAXA航空技術部門に設置されている0.5m/1.27m極超音速風洞のマッハ7ノズル形状について乱流境界層のDNSを実施した. z方向を流れ方向(ノズル軸方向)とし, スロート位置をz=0として, スロートより下流の領域(z>0.5m)について周方向に1/2(180°)および1/4(90°)部分のみを解く, 2通りの解析を実施した. それぞれのDNS解析に試用した総計算セル数は約57.2億, および, 約28.6億セルである.
最初に, 完全に流れが静止した初期状態から約3msの解析を実施してノズル流れが形成されたのち, z=0.6mの位置で境界層内部に擾乱を与えてノズル壁面の境界層を乱流遷移させ, さらに解析を約12msの間, 実施した. 周方向に1/2(180°)部分を解いたDNS解析によって得られたt=15msにおける瞬時の流れ場を図1に示す. 乱流境界層が放射するノイズの様子を可視化するため, 密度勾配分布により疑似的なシュリーレン画像を作成した. y-z断面(x=0 m)の瞬時場から, z=0.8m付近で境界層が乱流に遷移している様子が確認できる. 疑似シュリーレン画像からは乱流境界層が放射するノイズが可視化されている. 遷移の開始位置z=0.8mを先頭にして乱流遷移に伴う強いノイズがノズル中心に向かって伝播し, さらに下流では乱流境界層が発達することでノイズの構造が微細になり, 流れ方向に対して約25°の角度でノズル中心へ向かって伝播する. ノズル出口(z=3.258 m)付近, z=3mでのx-y断面の瞬時場を見ると十分に発達した乱流境界層の様子が確認できる. 境界層の厚さはノズル半径に対して1/5近くにまで発達している. x-y断面の疑似シュリーレン画像が示すように, 乱流境界層によるノイズは同心円状の大きな構造ではなく, 微細で断片的な波としてノズル中心に向かって伝播して収束する.
ノズル周方向の計算領域サイズによる影響を評価するため, 1/4(90°)部分のみを解いたDNS解析の結果を図2(動画により表示)に示す. 周方向の計算領域が小さくなることによる影響は小さく, 境界層の遷移位置や遷移した乱流境界層が放射するノイズの様子も1/2(180°)の解析と類似した結果となった.
本解析ではDNSにより極超音速風洞の気流ノイズを再現することに成功した. 今後, 風洞試験により気流ノイズのスペクトルを取得するなどしてDNSの検証を行う必要はあるが, DNS解析によって得られたデータは試験気流ノイズのモデリングに利用することが期待できる.
3.2. 向かい合わせに配置した二枚の平板間で生じる境界層乱流遷移のDNS
前述したように, 極超音速風洞試験においてはノズル壁面上で発達した乱流境界層からノイズが放射されて試験気流の乱れが発生し, その気流乱れを初期擾乱として風洞内に設置された模型上で境界層の乱流遷移が生じる. そのような風洞ノズル壁とノズル内に置かれた計測模型の配置を模擬して, 向かい合わせに配置した二枚の平板を対象としたDNS解析を実施した. x, y, z方向を, それぞれ, 流れ方向, 壁面垂直方向, スパン方向として, 下側に長さ4mの平板を配置し(平板前縁をx=y=0とする), 下流に2.7m, 垂直方向に0.2mだけオフセットしてもう一枚の平板を配置した. 本解析の総計算格子点数は約10.6億点である. このDNS解析では, まず, 下側に配置した平板上の境界層内部にのみ擾乱を付加して乱流境界層を発生させる. 上側に配置した平板上の境界層には人工的な擾乱を付加せず, 下側の平板上で発達する乱流境界層が放射するノイズによって上側の平板でも遷移が生じるかどうかを調べるものである.
DNS解析の結果を図3および図4(動画により表示)に示す. 風洞ノズルのDNSと同様に密度勾配による疑似シュリーレン画像を作成した. 図の結果は境界層を視認しやすいようにy方向についてスケールを5倍に拡大表示している. まず, 下側へ配置した平板上では擾乱を付加することによってx=0.4m付近で完全に乱流に遷移することが確認できる. また, それに伴い乱流境界層のエッジ付近から下流方向へ向かって右斜め上方向にノイズが放射されている. 下側の平板上で生じた乱流境界層から放射されたノイズは上側の平板前縁に出来る斜め衝撃波を通過してそのまま境界層へ入射する. 上側に配置した平板上では入射したノイズを初期擾乱としてその前縁から0.3m付近の位置で乱流に遷移していることが分かる.
本DNS解析では現実の風洞試験に近い乱流遷移過程を再現するため, 境界層遷移のDNSにおいて境界層の外部から擾乱を付加して遷移を生じさせることを試みた. 二枚の平板を向かい合わせに配置して下側に配置した平板上で人工的な擾乱により乱流境界層を発生させ, その乱流境界層が放射するノイズによって上側に配置した平板上でも境界層が乱流に遷移することを確認できた. 上側に配置した平板で生じた遷移の結果は実際の極超音速風洞試験における遷移(試験気流ノイズにより風洞模型上で境界層が乱流遷移する)とかなり近い現象が再現出来ているものと思われる. 本DNS解析の結果から実際の風洞試験で生じる乱流遷移過程の理解が進むことを期待できる.

図1: 極超音速風洞ノズルのDNS解析によって得られたt=15msにおける瞬時の流れ場. ノズル周方向1/2(180°)部分を解いたDNSの結果から, 密度勾配により作成した疑似シュリーレン画像を表示.
図2(ビデオ): ノズル周方向1/4(90°)部分のみを解いたDNS解析の結果.
図4(ビデオ): 向かい合わせに配置した二枚の平板を対象としたDNS解析の結果. 境界層遷移過程を疑似シュリーレン画像による動画で表示.
成果の公表
-査読なし論文
1) 松山 新吾, "極超音速境界層遷移のDNS と風洞試験の乖離を解消するためのいくつかの試み," 可視化情報学会誌 第45巻172号, pp.3-6, 2025.
-口頭発表
1) 松山 新吾, "DNSによる極超音速風洞試験気流の乱れの再現," 第55期 定時社員総会および年会講演会, 2024.
2) 松山 新吾, 井手 優紀, 藤井 啓介, "風洞ノズルと計測模型を全て解いた極超音速境界層遷移のDNS," 令和6年度宇宙航行の力学シンポジウムプログラム, 2024.
3) 松山 新吾, "大気圏突入環境下で生じる境界層乱流遷移のDNSを高忠実に実施するための諸検討," 令和6年度宇宙航行の力学シンポジウムプログラム, 2024.
JSS利用状況
計算情報
- プロセス並列手法: MPI
- スレッド並列手法: OpenMP
- プロセス並列数: 16340 - 32680
- 1ケースあたりの経過時間: 120 時間
JSS3利用量
総資源に占める利用割合※1(%): 0.00
内訳
JSS3のシステム構成や主要な仕様は、JSS3のシステム構成をご覧下さい。
計算システム名 | CPU利用量(コア・時) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
TOKI-SORA | 0.00 | 0.00 |
TOKI-ST | 0.00 | 0.00 |
TOKI-GP | 0.00 | 0.00 |
TOKI-XM | 0.00 | 0.00 |
TOKI-LM | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TST | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TGP | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TLM | 0.00 | 0.00 |
ファイルシステム名 | ストレージ割当量(GiB) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
/home | 24.50 | 0.02 |
/data及び/data2 | 1531.00 | 0.01 |
/ssd | 251.00 | 0.01 |
アーカイバシステム名 | 利用量(TiB) | 資源の利用割合※2(%) | J-SPACE | 2.76 | 0.01 |
---|
※1 総資源に占める利用割合:3つの資源(計算, ファイルシステム, アーカイバ)の利用割合の加重平均.
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
ISV利用量
利用量(時) | 資源の利用割合※2(%) | |
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ISVソフトウェア(合計) | 0.00 | 0.00 |
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2024年2月~2025年1月)