ロケットエンジン燃焼器の壁面熱流束予測に向けた壁面モデルLES
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2022年2月~2023年1月)
報告書番号: R22JFHC0305
利用分野: 大規模チャレンジ
- 責任者: 藤田直行, セキュリティ・情報化推進部スーパーコンピュータ活用課
- 問い合せ先: 芳賀 臣紀, 研究開発部門 第三研究ユニット(haga.takanori@jaxa.jp)
- メンバ: 福島 裕馬, 芳賀 臣紀, 伊藤 浩之
事業概要
ロケットエンジン燃焼器のサブスケール試験を対象とし, 壁面熱流束の定量評価を目的とした大規模な燃焼large-eddy simulation (LES)解析を実施する.
壁面熱流束の高精度な予測は燃焼器壁面の溶損リスクや再生冷却エンジンの吸熱性能の評価に必要であるが, 壁面に発達する乱流境界層を格子で直接解像するwall-resolved LESの計算コストは非常に高く, サブスケール試験の単一噴射器形状でも非現実的である. JAXAではこれまでに反応を考慮した壁面モデルを提案しており, 燃焼器のLESに適用することでその計算コスト削減および予測精度向上の効果を検証する. 具体的には壁面熱流束および燃焼圧を評価し, 実験値および従来のRANS解析結果と比較する. またwall-modeled LES(WMLES)に必要な格子解像度についても調査する.
本研究はロケットエンジンを対象としているが, 提案手法はその他の燃焼器や反応を伴う壁乱流の解析に適用可能である. 本課題の成果は国際会議や学術誌に発表予定である.
参照URL
なし
JAXAスーパーコンピュータを使用する理由と利点
壁面応力および熱流束をモデル化するWMLESを用いたロケットエンジンサブスケール燃焼器の解析例は少なく, 計算規模が増大する格子収束性を調査した例は過去に無い. 本課題では, 事前解析の約4倍の4億点規模の格子を用いる. 時間積分には並列性に優れる陽解法を用いているため壁面の最小格子幅に制約される時間ステップが小さく, 乱流統計量を評価するには少なくとも数百万ステップが必要となる. これまでにJAXAで開発してきた大規模解析用高速ソルバLS-FLOW-HOとJAXAのスパコンJSS3の演算性能を組み合わせることで初めて十分な物理時間幅の解析が可能となる.
今年度の成果
1. 計算対象
計算対象はミュンヘン工科大(TUM)で実験が行われた単一噴射器のロケットエンジン燃焼器であり, 同軸型の噴射器からガスの酸素と水素が噴射される. 燃焼室は直径12 mm, 長さは約300 mmであり, 燃料と酸化剤が混合, 燃焼しながら下流のノズルまで流れる. ノズルスロート部において超音速まで加速され, 下流境界から流出する. 混合比は5.24の条件とし, 冷却された燃焼器壁面の温度は実験で得られた分布を線形補間して与える.
2. 計算手法
高次精度の非構造格子法であるFlux reconstruction(FR)法を離散化に用い, 燃焼モデルには熱損失を考慮して作成されたテーブル参照型のNon-adiabatic flamelet progress variableモデルを用いる. 時間積分には4段3次精度のStrong-Stability preserving Runge-Kutta陽解法を用いる. 冷却壁近傍に発達する熱乱流境界層の化学組成は, 反応速度が速い水素に適した化学平衡を仮定した壁面モデルで評価する. 本壁面モデルでは, 境界層外層のLES解をインプットとして与えるため壁面からの距離(マッチング高さ)を指定する必要あり, 噴射面から75 mm下流の熱境界層厚さ(RANS結果から評価)の10%とした. 事前解析では, 格子解像度が粗いケースで壁面近傍の温度分布が非物理的に低下し, 数値不安定が発生した. WMLES格子では発達途中の薄い境界層の解像度が不足しがちであり, 乱流混合が不足すること, 壁近傍の温度勾配を高次多項式で近似することによる誤差などが原因と考えられる. 本課題では, マッチング高さ以下でSGS粘性(混合長モデル)を付加するようモデルを修正した. 流入境界はレイノルズ数に基づく補正を加えた指数分布の速度を与え, 流出境界は超音速流出とした. インジェクタ内部, フェイスプレートは断熱・滑りなし境界とし, 燃焼器壁面およびノズルは等温・滑りなし境界を与えた. 約7 ms計算し, 後半の約5 msを時間平均した. また, 周方向にも平均化を行った.
3. 計算結果
図1に, 事前解析の粗い格子(1億点)での計算結果と, 本課題の細分化格子(4億点)での計算結果を比較する. WMLESを行うための基準となる格子解像度(境界層厚さに対し各方向に25点以上)に対し, 粗い格子の格子解像度は, 流れ方向, 壁面垂直方向, 周方向のそれぞれに10, 72, 20点と十分ではない. 本課題で用いた格子解像度は粗い格子に対して, 軸方向と周方向の格子解像度をそれぞれ2倍とし, ほぼ基準を満たす格子となっている. 図では, 壁面以外においても解像度向上の影響が見られ, 化学量論混合分率Z=Zstで表している火炎面により細かな構造が現れている.
WMLESで予測した燃焼器壁面の熱流束と実験値およびRANS結果との比較を図2に示す. 粗い格子(1億点)と流れ方向に2倍細かくした格子(2億点)の結果は, 噴射面から0.15 mまでRANS結果と同等であるが, 0.2 m以降はWMLESの方が低く実験値に近い結果となった. 周方向も2倍に細かくした格子(4億点)の結果は熱流束を過大評価する結果となった. 格子解像度が不十分な場合に, レイノルズ応力を補うためにSGSモデルとして渦粘性を導入したが, 格子解像度にかかわらず一定の粘性を与えていることが原因と考えられる. 粗い格子での解析では, 格子で解像できていない応力を流れ場に追加し, 物理的な拡散と計算の安定化が得られていたと考えられるが, 十分な格子解像度においては過剰な拡散成分を流れ場に付加され, 高温領域がより壁面に近づく結果となった(図3). その高温成分を入力として壁面モデルにより壁面熱流束を予測するため, 予測値の過大評価につながったと考えられる. 燃焼圧に関しては, 実験値やRANSよりやや低い値となり, これは格子解像度にあまり依存しない結果となった.
本課題では, 目標としていた熱流束の格子収束は得られなかったが, 大規模解析による格子依存性を調査することで, サブスケール燃焼器の流れ場におけるWMLESの誤差原因を明らかにすることができた. また, 流れ場の格子依存性については, 軸方向よりも周方向の格子解像度が重要であることがわかった. フルスケール燃焼器では噴射器が数百本以上の数百億点規模の解析となるため, WMLESの推奨格子解像度を満たすことは容易ではなく, 実用解析に適用するためには粗い格子でも格子依存性が少ないモデルの改良が不可欠である. 本課題で得られた乱流統計データを詳細に分析することで, 壁近傍SGSモデルの改良の指針が得られつつあり, 今後検証および実問題適用を進めていく.
成果の公表
なし
JSS利用状況
計算情報
- プロセス並列手法: MPI
- スレッド並列手法: OpenMP
- プロセス並列数: 2000
- 1ケースあたりの経過時間: 482.4 時間
JSS3利用量
総資源に占める利用割合※1(%): 1.54
内訳
JSS3のシステム構成や主要な仕様は、JSS3のシステム構成をご覧下さい。
計算システム名 | CPU利用量(コア・時) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
TOKI-SORA | 42012766.00 | 1.83 |
TOKI-ST | 0.00 | 0.00 |
TOKI-GP | 0.00 | 0.00 |
TOKI-XM | 0.00 | 0.00 |
TOKI-LM | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TST | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TGP | 0.00 | 0.00 |
TOKI-TLM | 0.00 | 0.00 |
ファイルシステム名 | ストレージ割当量(GiB) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
/home | 158.82 | 0.14 |
/data及び/data2 | 17364.71 | 0.13 |
/ssd | 1331.06 | 0.18 |
アーカイバシステム名 | 利用量(TiB) | 資源の利用割合※2(%) | J-SPACE | 32.54 | 0.14 |
---|
※1 総資源に占める利用割合:3つの資源(計算, ファイルシステム, アーカイバ)の利用割合の加重平均.
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
ISV利用量
利用量(時) | 資源の利用割合※2(%) | |
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ISVソフトウェア(合計) | 0.00 | 0.00 |
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2022年2月~2023年1月)