CMB偏光観測衛星LiteBIRDの光学要求解析
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2017年4月~2018年3月)
報告書番号: R17JACA34
利用分野: JSS2大学共同利用
- 責任者: 永田竜 高エネルギー加速器研究機構
- 問い合せ先: 永田竜 rnagata@post.kek.jp
- メンバ: 永田竜
事業概要
原始重力波の存在はインフレーション理論に通有の予言であり,その波の強度は「インフレーションのエネルギースケール」の指標である. LiteBIRD は偏光地図の奇パリティ成分に刻印された原始重力波の信号検出を目的としたマイクロ波背景輻射偏光の衛星観測計画である.原始重力波に由来する偏光信号は,既に観測で確認されている密度揺らぎ由来の偏光成分に比較して極めて微弱な信号であると考えられており,その検出に向けた取り組みにおいては,徹底した系統誤差の理解と克服が必要不可欠な要素である.
ファーサイドローブを経由した銀河面からの輻射流入は前景放射分離に大きな影響を与え,最大の汚染源の一つと考えられている.本研究では,ビーム畳込みのフルシミュレーションを行うことで,実際の光学系では避けられない不規則なサイドローブに由来する系統誤差を定量的に評価する.
参照URL
「LiteBIRD: インフレーション宇宙を検証するCMB偏光観測小型科学衛星」参照.
JSS2利用の理由
偏光の全天地図を作成するため LiteBIRD は走査観測を行う.そのため,ビーム畳込み計算はサンプリングレートである約 20 Hz の頻度で一年間分繰り返される.GRASP を利用した物理光学計算に基づくビーム関数は数分角の分解能でほぼ全天わたって広がっており,サンプリング毎におよそ百万グリッド点で評価される.積分とそれに伴う座標変換の繰り返しは莫大な計算量を要求するため,高性能の数値計算資源を必要とする.
今年度の成果
一連のシミュレーションは,走査観測,ビーム畳込み,偏光地図作成からなる.マイクロ波背景輻射が比較的強い 100GHz 帯と,シンクロトロン放射が支配的な 40GHz 帯の各々の帯域についてシミュレーションを実行し,ビームサイドローブの場所毎にそこを経由した銀河面からの輻射流入による汚染の程度を評価した.
(図1) は 100GHz 帯でのシミュレーションに用いられたビーム関数を,ピークからの距離に対してプロットしたものである.ピークから 0.2 ラジアン程度離れた所でおよそ -50dB まで振幅が抑制され,それ以遠はなだらかにサイドローブが延びる.このビームパターンと 100GHz 帯の前景放射モデルを用いたシミュレーションの結果(角度パワースペクトル)が (図2) である.0.2 ラジアン以遠のサイドローブを経由する汚染が,重力レンズによるノイズフロア(破線)に対して最大で約一桁下まで迫っており,原始重力波の信号をバイアスする危険性が示唆されている.
(図3) は 40GHz 帯でのシミュレーションに用いられたビーム関数,(図4) はこのビームパターンと 40GHz 帯の前景放射モデルを用いたシミュレーションの結果である.100 GHz に比べてサイドローブ経由の汚染が大きいのは,シンクロトロン放射が卓越する帯域であることと,低周波であるため大きなサイドローブ振幅を持つことが理由である.焦点面の端に位置する素子であるためビームパターンに非等方性があり,0.2 ラジアンから 0.4 ラジアンにかけた盛り上がった構造が射影されているものの,汚染の程度はおおむね基線のトレンドに対応していることが確認された.
シミュレーションによる検討から,LiteBIRD の光学系におけるサイドローブの較正要求は -60dB との評価結果を得ることができた.また上述のシミュレーションに加えて,角度分解能を高めた数値的収束性の試験や,予めマスクをかけた地図でシミュレーションすることによる汚染源の同定計算なども行い,結論の信頼性について検証を行った.
成果の公表
■ 口頭発表
1)永田竜, “CMB偏光観測衛星LiteBIRDにおける系統誤差の研究 X”, 日本天文学会2017年秋季年会
2)永田竜, “CMB偏光観測衛星LiteBIRDにおける系統誤差の研究 XI”, 日本天文学会2018年春季年会
■ Web上の研究成果のURL
1)http://litebird.jp/
JSS2利用状況
計算情報
- プロセス並列手法: MPI
- スレッド並列手法: OpenMP
- プロセス並列数: 32
- 1ケースあたりの経過時間: 2.50 時間
利用量
総資源に占める利用割合※1(%): 0.25
内訳
JSS2のシステム構成や主要な仕様は、JSS2のシステム構成をご覧下さい。
計算システム名 | コア時間(コア・h) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
SORA-MA | 2,045,870.27 | 0.27 |
SORA-PP | 18.72 | 0.00 |
SORA-LM | 0.00 | 0.00 |
SORA-TPP | 0.00 | 0.00 |
ファイルシステム名 | ストレージ割当量(GiB) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
/home | 009.54 | 0.01 |
/data | 1,907.35 | 0.04 |
/ltmp | 1,953.13 | 0.15 |
アーカイバシステム名 | 利用量(TiB) | 資源の利用割合※2(%) |
---|---|---|
J-SPACE | 0.00 | 0.00 |
※1 総資源に占める利用割合:3つの資源(計算, ファイルシステム, アーカイバ)の利用割合の加重平均.
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2017年4月~2018年3月)