宇宙利用拡大を目指した宇宙環境防護に関する研究
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2016年4月~2017年3月)
報告書番号: R16J0080
- 責任者: 山中 浩二(宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系)
- 問い合わせ先: 後藤 亜希(goto.aki@jaxa.jp)
- メンバ: 後藤亜希,島﨑一紀
- 利用分類: 宇宙分野(宇宙利用)
概要
将来のさらなる宇宙利用拡大のため,宇宙機と人を厳しい宇宙環境から防護することを目的としている.特に有人探査ではより安全な長期滞在が求められるため,軽量かつ効果的に線量を低減できる遮蔽技術が求められる.我々は,材料の観点から,船内もしくは月面/火星面上で宇宙飛行士が安全かつ長期に活動できるための遮蔽構造について検討を進めている.
目的
将来のさらなる宇宙利用拡大のため,宇宙機と人を宇宙環境から防護することを目指す.特に有人探査ではより安全な長期滞在が求められるため,軽量かつ効果的に線量を低減できる遮蔽技術について研究を進める.得られた遮蔽性能のデータは次世代有人宇宙船や居住モジュールの設計への反映することを目的とする.
目標
宇宙船内および月/火星面上にて効果的に線量を低減できる遮蔽手法を検討する.①宇宙船内では船の構造や搭載物の配置等を最適化することで効果的な線量低減を目標とする.②月/火星面では現地での設置を考慮し,レゴリス等を用いた簡便な遮蔽構造物の製造方法について検討する.
参照URL
なし
スパコンの用途
PHITS (粒子・重イオン輸送計算コード) シミュレーションによる材料の遮蔽効果予測のために,JSS2 を利用している.
スパコンの必要性
有人宇宙船を模擬した体系など,大きく複雑な体系での放射線輸送モンテカルロシミュレーションには,膨大な時間を要する.JSS2 の利用により,そのような体系でのシミュレーションを高速かつ統計精度よく実施することが可能となる.
今年度の成果
JAXA では,国際宇宙ステーション (ISS) に次ぐ次世代有人ミッションとして,月周回ステーションでの長期滞在,有人月/火星面探査を検討している.次世代有人ミッションが行われる地磁気圏外には,銀河宇宙線 (GCR) や太陽粒子線 (SEP) などの高 LET (linear energy transfer: 線エネルギー付与) 放射線が高い線量率で降り注いでいる.高 LET 放射線は生体影響が高いため,次世代有人ミッションの安全な実現には,放射線防護技術の確立が必要不可欠である.
我々は,宇宙放射線遮蔽材料に関する研究活動を開始した.平成 28 年度は,水素リッチ材料,多層材料,レゴリス含有材料の 3 種類に注目し,その宇宙放射線遮蔽効果を PHITS (Particle and Heavy Ion Transport Cord System1) シミュレーションにて調査した.本報告書では,そのシミュレーション結果の概要について述べる.
1) 水素リッチ材料
宇宙放射線の遮蔽には原子番号の小さい元素が有効であり,水素 (1H) が最も有効であることが知られている.水素を多く含む材料としてポリエチレン (PE; H: 14 wt%) が挙げられ,その宇宙放射線に対する遮蔽効果はシミュレーション及び地上照射試験により示されている.現段階で,PE より軽量かつ遮蔽効果の高い材料に関する報告はない.したがって,PE より水素密度の高い材料があれば,ポリエチレンより有用な遮蔽材になり得る.
そこで我々は,PE より水素密度が高い水素貯蔵材 (アンモニアボラン (NH3BH3; H: 20 wt%),水素化ホウ素リチウム (LiBH4; H: 19 wt%) に注目し,その宇宙放射線に対する遮蔽効果を PHITS を用いたシミュレーションにて調査した.宇宙放射線源は,CREME96 モデル2の GCR (太陽活動極小期条件) 及び GCR+SEP (最悪日条件) とした.予測する線量は,遮蔽材後方に設置した水ターゲットの線量当量とした.
水素貯蔵材 (NH3BH3,LiBH4),Al,PE の宇宙放射線に対する遮蔽効果の計算結果を図 1 に示す.水素貯蔵材の宇宙放射線に対する遮蔽効果は,PE と同程度であった.本結果より,PE より水素密度の高い水素貯蔵材は,軽量さ,安全性,及び費用等の観点で,PE より有効ではないと言える.
2) 多層材料
宇宙放射線の遮蔽には原子番号の小さい元素が有効である.したがって,宇宙船の構造材の Al の一部を,軽元素からなる材料に代替すれば,遮蔽に有効である可能性が高い.そこで,Al と PE の二層材 (Al/PE),及び Al と CFRP の二層材 (Al/CFRP) の宇宙放射線に対する遮蔽効果を,シミュレーションにて調査した.宇宙放射線源は,CREME96 モデルの GCR (太陽活動極小期条件) 及び GCR+SEP (最悪日条件) とした.予測する線量は,遮蔽材後方に設置した水ターゲットの線量当量とした.Al/PE 二層材は,Al/PE 厚さ比を面密度にて 1 とした.材料の設置順の効果を調査するため,二層材条件での計算は,放射線上流側に Al を設置する条件 (Al/PE,Al/CFRP) 及び放射線下流側に Al を設置する条件 (PE/Al,CFRP/Al) について行った.
Al/PE 二層材及び Al 単体の宇宙放射線に対する遮蔽効果の計算結果を図 2 に示す.Al/PE 二層材は,Al 単体よりも遮蔽効果が高かった.また,Al/PE 二層材の方が,PE/Al 二層材よりも遮蔽効果が高かった.Al/CFRP 二層材条件での計算についても,同様の結果が得られた (図 3).以上により,Al 構造材の一部低 Z 材料代替は,宇宙放射線遮蔽の観点で有効であること,材料の設置順により遮蔽効果の最適化が可能であることが示唆された.
3) レゴリス含有材料
月/火星面探査において使用する遮蔽材の軽量化手段として,現地砂礫 (レゴリス) の遮蔽材としての使用が挙げられる.新規レゴリス遮蔽材の開発を検討する上で,レゴリスに水または水素を付加することの必要性を,シミュレーションにて調査した.レゴリス及びレゴリス水混合物 (レゴリス/水混合比 = 1 (wt%)) について,宇宙放射線に対する遮蔽効果を計算した.レゴリスの組成は,SiO2 (49.3 wt%),TiO2 (1.9%),Al2O3 (16.3 wt%),FeO (8.3 wt%),Fe2O3 (4.8 wt%),MnO (0.2 wt%),MgO (3.8 wt%),CaO (9.1 wt%),Na2O (2.8 wt%),K2O (1.0 wt%),P2O5 (2.4 wt%) とした.宇宙放射線源は,CREME96 モデルの GCR (太陽活動極小期条件) 及び GCR+SEP (最悪日条件) とした.予測する線量は,遮蔽材後方に設置した水ターゲットの線量当量とした.
レゴリス及びレゴリス水混合物の宇宙放射線に対する遮蔽効果の計算結果を図 4 に示す.レゴリス水混合物の方が,レゴリスよりも遮蔽効果が高かった.しかしながら,水付加よりも遮蔽厚増大の方が,遮蔽効果に大きく影響した.したがって,レゴリス遮蔽材を設計するにあたり,水の事前付加よりも,早急かつ容易な積層可能であることを優先すべきと言える.
成果の公表
口頭発表
1) ○A. Goto, K. Shimazaki, Y. Kimoto, H. Matsumoto, and A. Nagamatsu, PHITS Simulations for Development of Space Radiation Shielding Materials, 31 st ISTS, Matsuyama, Japan, Jun 3-9, 2017.
計算情報
- 並列化手法: プロセス並列
- プロセス並列手法: MPI
- スレッド並列手法: 非該当
- プロセス並列数: 72
- プロセスあたりのスレッド数: 1
- 使用ノード数: 1-6
- 1ケースあたりの経過時間(時間): 8.33
- 実行ケース数: 50
利用量
総仮想利用経費(円): 1,091,066
内訳
計算システム名 | コア時間(コア・h) | 仮想利用経費(円) |
---|---|---|
SORA-MA | 0.00 | 0 |
SORA-PP | 123,777.16 | 1,056,809 |
SORA-LM | 0.00 | 0 |
SORA-TPP | 0.00 | 0 |
ファイルシステム名 | ストレージ割当量(GiB) | 仮想利用経費(円) |
---|---|---|
/home | 14.31 | 61 |
/data | 4,978.18 | 21,523 |
/ltmp | 2,929.69 | 12,666 |
アーカイバシステム名 | 利用量(TiB) | 仮想利用経費(円) |
---|---|---|
J-SPACE | 0.00 | 6 |
注記: 仮想利用経費=2016年度設備貸付費用の単価を用いて算出した場合の経費
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2016年4月~2017年3月)