火星着陸展開型柔軟エアロシェルの流体構造連成を用いた1自由度姿勢運動解析
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2025年2月~2026年1月)
報告書番号: R25JFHC0319
利用分野: 大規模チャレンジ
- 責任者: 藤田直行, セキュリティ・情報化推進部スーパーコンピュータ活用課
- 問い合せ先: 澤田 健, 東京大学大学院(sawada@flab.isas.jaxa.jp)
- メンバ: 大山 聖, 澤田 健
事業概要
展開型柔軟エアロシェルは, パラシュートに代わる高効率な空力減速デバイスとして注目されている. 段階的火星着陸探査STEP1では, 本エアロシェルを複数機用いることでEDL技術の実証を行うとともに, 火星表面の多点観測が考案されている.
これまで, 実験および数値解析によりエアロシェルに関する技術的知見が蓄積されてきた. 特に, 2012年の観測ロケットを用いた再突入自由飛行実験(SMAAC)では, 亜音速域において機体姿勢の不安定化が報告されている. さらに, 2021年のRATS実験および2023年のRATS-L実験においても, 同様に亜音速領域での姿勢の動的不安定性が確認されている. これらの不安定性は火星大気突入時にも発現する可能性があるが, 地上実験で火星環境を再現することは困難である. そのため, 火星環境下における姿勢運動の再現には, 数値シミュレーションが不可欠である.
また, 過去の研究では, 機体の柔軟性に起因する構造変形が静的安定性を低下させることが指摘されている. そこで本研究では, 構造変形が姿勢運動および動的安定性に与える影響にも着目する.
以上より, 本研究の目的は, 亜音速域の火星大気中において, 柔軟性を考慮した展開型エアロシェルの姿勢運動を数値シミュレーションにより再現し, 構造変形が動的安定性に及ぼす影響を明らかにすることである.
参照URL
なし
JAXAスーパーコンピュータを使用する理由と利点
展開型柔軟エアロシェルの構造変形を考慮した姿勢運動を再現するためには, 流体・構造・運動の3つの支配方程式を連成して解くソルバーの開発が必要である. しかし, これまでに同様の解析が行われた報告はなく, 新規性および挑戦性の高い課題である. 本研究では, 各ソルバーを個別に用いる分離型解法を採用し, 同一時間ステップ内で反復計算を行うことで, 近似的に連成条件を満たす手法を構築した. 流体および運動ソルバーにはFaSTAR-moveの流体運動連成機能を用い, 構造ソルバーにはオープンソースFEMソルバーであるCalculiXを使用した. これらをオープンソースライブラリpreCICEによりカップリングすることで, 3連成解析を実現した. 本手法では, 1つの時間ステップあたり平均して4〜5回程度の反復計算が必要となるため, 計算コストは流体計算単体の約4〜5倍に増加する. そのため, 大規模並列計算が不可欠である.
今年度の成果
1. 計算条件
流れ条件はマッハ数0.3, レイノルズ数1.0×105であり, その他の条件は, 火星降下の質点シミュレーションに基づき決定した. 本計算で用いたエアロシェルのジオメトリと計算格子を図1に示す. エアロシェルの直径は3mであり, 機体重心を回転中心として固定し, ピッチ運動のみを許容した1自由度運動を行う. 機体の回転中心周りの慣性モーメントは7.06 kg・m2である. カプセルの中心軸と主流とのなす角を迎角αとする.
流体計算に用いた格子のセル数は約8000万であり, 球状の物体近傍格子(図中赤)と, 立方体状の背景格子の2つを重合させて計算を行った. 物体近傍には後流の再循環領域を捉えられるよう, 直方体状のリファインメント領域を設定した. 本解析では, 物体後流の渦を捉えるために, サブグリッドスケールモデルとして Smagorinsky モデルを用いた Large Eddy Simulation (LES) 計算を行う. 移流項には HLLEW スキームを用い, 2次精度の MUSCL による空間高度精次化を行った. 時間積分は2次精度の LU-SGS を用いた. 時間ステップの大きさは2.23×10-4 秒とした.
一方で構造計算に用いた格子のセル数は約17000であり, 境界条件として, カプセルに接続する部分は固定, 膜外面には流体力, 膜内面には機体前方と後方の平均圧力を一様に分布させた. なお, トーラス部分は変形しない剛体として扱う. 膜の物性値はヤング率700MPa, ポアソン比0.3とし, 応力とひずみの関係は線形として扱った. また, 膜は一様, 等方な物体とした. 計算に使用した時間ステップの大きさは, 流体計算と同じ大きさである.
2. 結果と考察
事前検討として, 初期ピッチ角を15, 30, 45, 60度と変化させ, ピッチ運動の時間発展を観察した. その結果, 60度では振幅が増幅して不安定化する一方, 45度以下では安定に減衰することが確認された. これより, 本計算条件における動的安定と不安定の境界は45度と60度の間に存在することが明らかとなった. 以下の解析では, 不安定領域に最も近い安定条件として, 初期ピッチ角45度を採用する. 機体の構造変形を考慮したモデルを柔軟モデル, これを無視したモデルを剛体モデルと定義し, 両者のピッチ角運動履歴を比較することで, 構造変形が姿勢運動に与える影響を評価する.
図2に, 柔軟モデルおよび剛体モデルのピッチ角の時間履歴を示す. また, 物体近傍のマッハ数分布および表面圧力分布を図3に示す. 柔軟モデルでは振幅の減衰が小さく, 構造変形が動的不安定性を増大させる傾向が確認された.
柔軟モデルの変形挙動(図4)に着目すると, 主な変形モードとして, トーラス部がピッチ運動の回転軸周りに振動するSwingモードと, 機体軸方向に前後振動するAxial-Stretchモードが, 流体力により励起されている. しかし, これらの固有振動数はそれぞれ9.45 Hzおよび11.52 Hzであり, ピッチ角の振動周波数(0.26 Hz)と比較して数十倍高い. このため, これらの高周波変形が姿勢運動に直接与える影響は小さいと考えられる.
一方, トーラス上の3点の運動履歴から, トーラス面に垂直な方向と機体中心軸とのなす角θを算出し, ピッチ角αの時間履歴と比較した結果を図2に示す. θの振動は, Swingモードに起因する高周波成分と, ピッチ角αと逆位相の低周波成分から構成されている. このためθはαと常に逆符号となり, 流れに対するトーラスの実質的な迎え角θ+αは, 機体中心軸に基づく迎え角αよりも常に小さくなる.
この効果により, 同一の迎え角αにおいて機体に作用する復元力が剛体モデルに比べて低下し, その結果としてピッチ角振動の減衰が弱まると考えられる.
今後は, 構造変形が流れ場に与える影響についてさらに詳細に検討する予定である.
図3(ビデオ): エアロシェル周りのマッハ数分布と表面圧力分布
図4(ビデオ): 変形の時間履歴と応力分布(変形の大きさは実スケールの50倍)
成果の公表
-口頭発表
1) 澤田健, 大山聖, 高橋裕介, 宮下竜, 吉雄忠行, 「展開型柔軟エアロシェルのFSIを用いた姿勢運動解析」, 第69回宇宙科学技術連合講演会, 札幌, (2025).
2) T. Sawada, A. Oyama, Y. Takahashi, R. Miyashita, and T. Yoshio, “One-Degree-Of-Freedom Attitude Stability Analysis of a Mars Entry Inflatable Aeroshell Using Fluid-Structure Interaction,” AIAA SciTech 2026, Florida, (2026).
JSS利用状況
計算情報
- プロセス並列手法: MPI
- スレッド並列手法: OpenMP
- プロセス並列数: 2400 - 4800
- 1ケースあたりの経過時間: 100 時間
JSS3利用量
総資源に占める利用割合※1(%): 0.43
内訳
JSS3のシステム構成や主要な仕様は、JSS3のシステム構成をご覧下さい。
| 計算システム名 | CPU利用量(コア・時) | 資源の利用割合※2(%) |
|---|---|---|
| TOKI-SORA | 11592959.01 | 0.53 |
| TOKI-ST | 2449.10 | 0.00 |
| TOKI-GP | 0.00 | 0.00 |
| TOKI-XM | 0.00 | 0.00 |
| TOKI-LM | 3286.41 | 0.25 |
| TOKI-TST | 0.00 | 0.00 |
| TOKI-TGP | 0.00 | 0.00 |
| TOKI-TLM | 0.00 | 0.00 |
| ファイルシステム名 | ストレージ割当量(GiB) | 資源の利用割合※2(%) |
|---|---|---|
| /home | 0.00 | 0.00 |
| /data及び/data2 | 0.00 | 0.00 |
| /ssd | 0.00 | 0.00 |
| アーカイバシステム名 | 利用量(TiB) | 資源の利用割合※2(%) | J-SPACE | 0.00 | 0.00 |
|---|
※1 総資源に占める利用割合:3つの資源(計算, ファイルシステム, アーカイバ)の利用割合の加重平均.
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
ISV利用量
| 利用量(時) | 資源の利用割合※2(%) | |
|---|---|---|
| ISVソフトウェア(合計) | 356.87 | 0.25 |
※2 資源の利用割合:対象資源一年間の総利用量に対する利用割合.
JAXAスーパーコンピュータシステム利用成果報告(2025年2月~2026年1月)


